どら焼きパンケーキ中佐のブログ

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札幌民主自由国記

 札幌民主自由国記

さっぽろみんしゅじゆうこくき

著:どら焼きパンケーキ中佐

序(時空転移は突然に)

平声<ヘイセイ>30年(2018年)12月、世間はクリスマス商戦の真っ最中である。街行くお父さん・お母さんはお子さんのクリスマスプレゼントを買うサンタさんになり、彼氏のいる女の子は恋人がサンタクロースになったりするすっかり日本のお祭りと化した風物詩である。クリスマス・イヴを過ぎるとスーパーなどでは『春の海』などがかかり、お正月商戦が始まるという切り替えの早い国でもある。
今年もつつがなくクリスマス・イヴも過ぎるはずだった。
が、突如として巨大な積乱雲が札幌上空を覆ったのである。
「おい!なんで12月に入道雲ができるんだよ!異常気象じゃすまねえぞ!」
街行く人々はざわつきながら上空を見上げ口々に騒いでいた。やがて騒ぎはパニック状態と化していく。
「おい!なんかヤベェぞ!」
「いいから逃げろ!」
「逃げろってどこに?」
「どこでもいいから逃げろ!」
なんとか助かろうと他人にはお構いなしに少しでも安全な場所へと人々は群集心理もあってか逃げ行くところが正しいのかもわからずに逃げ惑う。何から逃げているかもわからない状況にパニック状態を収めることはもはや不可能であった。
その時である。札幌を覆う巨大な積乱雲から雷鳴が轟き巨大な磁場を引き起こしながら札幌の街や人果ては自衛隊まで何かを選別するかのように所々巻き込みながら勢いを増し、そして収束した。残された台地はまるで神隠しに遭ったかのようであった。
世に言う『平声神隠し』である。

この物語は、平声神隠しに遭った人々と自衛隊などの人々が神隠しに遭ったさきの時代で、生き延びていく物語である。

一話(混乱と混迷)

空が晴れて視界が開けたその時、目に飛び込んできたのは勝和<ショウワ>レトロな建物たちだった。
「ここはどこだ?」
「映画の撮影なわけないよな?」
ふと思い出したように一人の女性がスマホをいじろうとした。
「嘘!バッテリー満タンなのに圏外?」
その一言を皮切りに周りの人々にもそれは伝染した。
「マジでか!俺のも圏外?」
「アタシのも?」
非現実的で想像したくなかったが勝和レトロな建築物とスマホの常時圏外の状況を踏まえるとこの時代に『時空転移』したものと判断せざるを得ない。
判断したくなかったのかもしれない。そんなことは漫画や小説とかドラマの世界のお話だと思っていたからに他ならないからだ。
内藤優馬<ナイトウユウマ>もその集団の一人だ。某国立大学への進学が決まっていたが北海道を出ようとした矢先に時空転移に巻き込まれてしまった。
「俺はいったいどうすればいいんだ?」
途方に暮れる優馬の心から漏れてきた言葉に答えられる者は居なかったかに思われた。
「内藤君?」
突然自分の事を呼ぶ女性の声がしたので驚きつつも振り返ると、
「君塚さん?無事だったのか!」
君塚令佳<キミヅカレイカ>は内藤優馬と同じ大学に通う予定の同年代の高校からの友人の一人だ。
「ええ、不幸中の幸いにね」
そう言いつつ彼女は話を続けた。
「この状況を考えたらここは私たちがいた時代じゃないと考えるのが自然だわ」
「やけに冷静じゃないか」
「慌てふためきそうなときほど冷静にならないとね。こんな状況下で冷静さを欠いたら死ぬわよ?内藤君」
「脅かすなよ。今の状況がそれだけ深刻で緊迫したものであることはわかったよ」
話の内容から空気を読んでそう答えたものの優馬は事の重大さをまだわかっていなかった。

優馬は近くの民家を訪ねた。
「ごめんください」
「あいよ、なんだい?」
気の良さそうなおじいさんが顔を出してきた。が、優馬たちの姿を見るや否や
「なんだ!お前らのその異様な格好は!怪しい奴め!」
尋常ではない緊迫した空気を感じた優馬たちは這う這うの体で逃げ出してきた。さっきのおじいさんは恐らくは警察や軍などに不審者が付近にいると通報したに違いない。この場所にこれ以上いるのは危険だ。
「これからどうするの?」
「俺たちがここにいるのならかけてみてもいい場所がある」
「どこなの?」
陸上自衛隊札幌駐屯地さ!日中の今からなら日没くらいには着くはずだよ!」
『言うは易し行うは難し』という諺があるがまさにそれだ。
日中にその場を出発した優馬たちを含めた20名ほどの集団は道端に落ちている自分たちの時代から紛れ込んだであろう行先の道路標識を頼りに太陽と日が暮れるにつれて北極星を頼りに目的地を目指した。
日没となり心が折れそうになる者も勿論いたが心が折れた先に訪れるのは速やかなる『死』がまつのみである。その最悪の状態を避ける為に足を棒にしながら札幌駐屯地を目指しているのだ。死んでしまったら元も子もない。
お互いを励ましながら目的地をひたすらにただひたすらに目指し続けて、漸く札幌駐屯地と思しき施設が見えた。これがもし陸軍基地だったとしたら俺たちは苦労してここまで殺されにはるばる来たことになる。そんな思いに苛まれていたが流石に考えすぎだったようだ。
そこはどういう理屈でこの時代にやって来たのかわからないほど見事なまでに自衛隊の駐屯地だった。警衛の人が応対してくれた。
「皆さんのように安全を求めて避難される方がたくさんいらっしゃっています。お疲れでしょう。ひとまずお休みになられてください」
自衛隊の優しい対応に感謝しつつ、お言葉に甘えて休むことにした。既に辺りは暗い夜空だ。ここまでどれだけ歩いたかもう覚えていない。俺たちは泥に沈んでいくように眠りに落ちていった。そして夜が明けた。
二話(田ノ浦真守の憂鬱)

札幌駐屯地の田ノ浦真守<タノウラマモル>一等陸佐(一佐)は、避難者の対応に忙殺されていた。
とにかく今回の天変地異的災害の実態も全容もわからない。通信網はことごとく無力化しており、道内の駐屯地等への連絡もままならない。
「まさか、この札幌駐屯地以外の自衛隊はいないのか?」
それは最も考えたくもない発想であった。
「50.000名程の戦力がこの時代にどれほど役に立つのだろう?」
田ノ浦はある考えがあって避難者の情報管理のために保険証やマイナンバーカードや免許証等を照会させてもらうことで迅速に名簿作成を済ませようとした。
「これは本来はお役所の仕事だ…」
ボヤキはするものの役所とも連絡が取れないうえに手の空いた隊員もいない。目の前の雑事を片付けて田ノ浦一佐自ら役所なり北海道庁なりを訪ねるしかなさそうだった。
そして身分照会を試みたがデータベースにアクセスできないという根本的な問題にぶちあたり、手作業による確認に変更したためにさらに仕事が増え、長く待たされた避難者は疲労とイライラが溜まり険悪な空気さえ漂い始めた。
「まだかよ…」
避難者が思わず漏れこぼしたその声を聞いてしまった隊員は、「こっちは必死でやってんだよ!」と心の中で舌打ちした。
「上の人間はこんな時に身分照会だなんて何を考えてんだか」
隊員は愚痴りながら指示通りに個人情報の仕分けをしていると隊員向け仕分けガイドラインの狙いに気づいた。
「札幌市民の有権者のデータベースの構築が最優先される仕組みになってるぞこれ」
隊員は気づきはしたが気づかないふりをしてお茶を濁した。「知りたがりは早死にするもんな」心で呟いて知らないふりを通した。
翌日になって近隣を探索すると我々側の小中学校が確認された。そこで順次そちらへ避難者に移ってもらうことにした。
その結果札幌駐屯地に溢れすぎていた避難者はバランス良く避難所となった各地の体育館に移った。しかしもたもたしていたら避難者の不満は限界に達し暴発しかねないだろう。そうなってはならない。この時代に我々はイレギュラーな存在だ。暴走した行為が行われれば市民は鎮圧され、最悪の場合は死者が出ることだろう。
「そんなことがあってはならない」
田ノ浦(一佐)は強く肝に銘じて事に当たることにした。
今現在、田ノ浦(一佐)たちに自衛隊の行動基準を示す政府のいない中で田ノ浦(一佐)たち現場の人間は何者かに襲撃された際には生存権の行使か国民(時空転移して来た人々のこと)の安全の確保における警護目的の武力行使を緊急一時措置として専守防衛の範囲内で対応することとした。
「このままでは、俺たちは謎の武装勢力扱いになるだろう。誰か文民として統制してくれる政治家がいないものか…」
俺が呟いているのを漏れ聞いたのだろう。唐渡征二<カラワタリセイジ>陸士長が切り出してきた。
「北海道知事が適任だと思いますが」
「それは何故だ?」
「士長の私が言うのもなんですがこの先この世界で生き抜こうとしたら、我々の世界の北海道知事の指揮下で行動すれば暫定的にせよ問題は今よりは改善されると思うのです」
そんなやり取りをしていると一台の公用車が札幌駐屯地を訪れてきた。
北海道知事『矢矧須津香<ヤハギスツカ>』その人を乗せた公用車である。

三話(あの引き金を引かせるのはあなた)

どう見ても我々の時代の公用車から降りてきた女性は深々と頭を下げて、
「北海道知事の矢矧須津香と申します。こちらの駐屯地の責任者の方はどちらにいらっしゃいますか?」
「私がこの駐屯地の暫定的責任者の田ノ浦真守(一佐)です。我々も知事をお探ししようとしていた矢先だったのです」
「ということは、私に期待されることはあなた方を預かる立場につけと仰りたいのですね?」
「端的に言えばそうなります」
「しかし事は急ぎます。有権者リストなどの作成はできているのですか?」
「避難者名簿の作成の際に、未成年者と分けてリスト化されております」
「では、急ぎ住民投票をしなければいけませんね」
そう矢矧須津香知事が言い放った真意を田ノ浦は聞いた、
住民投票で何を住民に問うのですか?」
「札幌臨時政府の樹立と私による暫定政府の承認です」
「あなたに我々に引き金を引かせる覚悟がありますか?」
「なければわざわざここまで来ることはないでしょう。あなた方に背負わしてしまう業を私も共に背負いましょう」
考えていること、理想、覚悟は素晴らしいことだと田ノ浦は純粋に思った。もしも、この人が口先だけの政治家であったならそれを見抜けなかった俺は死ぬだけでは償えないだろうとも強く思った。
勿論、そのような香りのする胡散臭い政治家連中は腐るほど見てきた。俺にだって人を見る観察眼くらいは人並みにあるという自負があるのだ。
「ここまでは一個人の見解を交えました。札幌市長が安否不明という報告が入っていますので住民投票が終わるまでは暫定的に知事であるあなたの指揮下に我々自衛隊はお預かりとなりますので宜しくお願いします」
「わかりました。札幌の警察力が著しく低下している現状ではあなた方自衛隊による治安維持が頼りです。住民投票の方は議会で速やかに議決が成されるでしょう。あとは民意を問うまでです」
「投票の争点は?」
田ノ浦は核心を突いた。
「私をトップとして承認するかしないかです」
(この人策士だ…)田ノ浦はそう思った。そしてここから先は自衛隊がかかわるべき案件ではないと判断した。

四話(部下よさらば)

緊急住民投票選挙管理委員会が組織され、準備が急ピッチで進められた。
その間も、札幌市民の安全確保のために札幌市周辺の警戒を続けていたある時だった。
突然、唐渡征二(士長)は大賀誠<タイガマコト>一等陸士(一士)を突き飛ばした。
「大賀ボケっとしてんじゃねぇ!」
タンッ!発砲音と共に唐渡(士長)は崩れ落ちた。腹に温かいモノを感じる。唐渡は消えゆく意識の狭間で大賀が必死に何かを自分に叫んでいる。(へっ、人の心配してる暇があるかよ。次はねぇぞ。)その心を最後に彼の命は最期を迎えた。
大賀は冷静さを失い敵と認識した人間に発砲した。自衛権とかそんなことを考えていられない状況だった。
あとから判明したことだが、唐渡たちに銃弾を放ったのはこの時代に詳しい隊員によると帝国陸軍第七師団の斥候部隊である可能性が高いとのことだった。斥候部隊は被害を出すことなく撤退したらしく目的の全容を掴むことはできなかった。確かなことは我々は帝国陸軍をはじめとする大日本帝国から攻撃対象として認識されていることである。
「未確認の武装組織が突然現れたら偵察もするし必要があれば攻撃もしてくるよな。唐渡が殉職かとうとう犠牲者が出たか」
報告を受けた田ノ浦はなるだけ冷静に受け答えし、表面上は動揺を見せなかった。心の内の動揺は覚られまいと冷静な指揮官を演じた。
「とうとう自衛隊が銃の引き金を引く事態になったか」
平声から勝和に来てしまったことも衝撃だったが自衛隊が実際に銃口を敵に向けて引き金を引く事態にいつかはなるだろうとは覚悟していたがこうも早く訪れるとは思っていなかった。

五話(選挙【苦】自衛隊

避難所各地を住民投票の投票所とした選挙管理委員会自衛官に警護されながら各避難所に選挙の説明会を開き投票への理解を求めた。
住民も不安と不満が入り交じった感情の中で行き場のない怒りにも似た憤懣を抱えていた。
そこへ『札幌独立政府承認可否に関する住民投票』というわかりやすい目的が示されたのだ。
「承認の可否って言っても承認されなかった場合の説明がねぇな」
鋭いところを突いている中年男性の指摘の通り住民投票の形をとっているものの選択肢を与えているようで実際は一択である。そして、何事もなく三日間の思考時間を経ていよいよ住民投票が始まった。この間も警備・警護・治安維持等警察組織が果たすべき役割も自衛隊が務めざるを得なかった。北海道警は時空転移に巻き込まれていなかったようだ。
自衛隊さんも本来の仕事からかけ離れたことばかりで大変だな」
「それも仕事でしょ。特別職国家公務員なんだから」
自衛隊の負担軽減も兼ねて自警団を作ろう!」
そう言いだしたのは内藤優馬<ナイトウユウマ>だ。
「悪くないんじゃない?現行犯しか対応できないけどね」
そう返したのは君塚令佳<キミヅカレイカ>だ。
二人の考えに賛同する人物が一人、二人と現れてまたたく間に総勢は数100人規模の大所帯になった。
こうして自衛隊負担軽減を目的の一つとした警備雑務補助を目的とした『札幌地域安全見守り補助隊』が発足したのである。このことにより選挙を苦にする自衛隊は大いに救われたのであった。

六話(須津香なる首領)

知事執務室で矢矧須津香は静かに住民投票の結果を待っていた。まるで勝利がはじめから決まっている出来レースの主役かのように。
「この北海道知事室が札幌臨時政府のトップの執務室になるのね。私はその一番近いポジションにいる。例えかりそめであっても国会成立以降に一国のトップに立った女性は日本国にはいなかったのよ。この機を逃しはしないわ」
矢矧知事は溢れんばかりの野望を胸に秘め静かに、ただひたすら静かに開票結果を待ちつづけた。
開票結果は言わずもがなであるが『矢矧須津香』を札幌臨時政府の首領<シュリョウ>として認めるという結果に収まった。
「首相じゃなくて首領なのね。マフィアのドンみたいね。大首領に改称しましょう」
(たいして変わらないと思うけどな)側近の一人はそう思った。
すぐさま会見が開かれた。と言ってもテレビもラジオも新聞すらもない状況下においてである。これでは内部関係者への訓示である。
「暫定大首領の矢矧須津香です。本日只今より札幌臨時政府の樹立を宣言します!」
実際には誰が指導者を務めるかの確認作業をしたに過ぎないと言ったらそれまでの話なのだが、札幌国民となった民衆にとっては一大イベントに参加したかのような高揚感があった。
この日から北海道をめぐる大日本帝国との戦いは事実上火蓋を切ったのである。
既に札幌周辺の地域では小競り合いが起きており予断を許さない状況であった。
「のんびりとはしていられないわね」
「当然です。あなたはもう自治体の首長ではないのです。臨時政府の長なのですから」
矢矧須津香は襟を正した。
「私だって任官拒否した防大卒です。幾分も前の話ですが素人が指揮するよりはましでしょう。優秀かはわかりませんけど」

閑話①(無邪気な子供・戸惑い躊躇<タメラ>う親)

臨時政府の樹立を持って治安が回復したわけではない。しかしそんなことを遊びたい盛りの子供に我慢を強いるのは親の本意ではなかった。
「おかあさん、なんでおそとであそんじゃいけないの?」
「いまはおそとであそんじゃいけないの。とてもあぶないのおそらのくににつれていかれちゃうのよ」
「はぁい」
子供は力なく返事した。
重要なポイントをぼかしながら親御さんは無邪気な子供に外で遊ぶことの危険性を教育しようとしている。
「今はこの子たちも耐えてくれているが、我慢の限界が来たら勝手に外へ出て行きかねない。どうしたら良いものか…」

七話(北海道制圧作戦発令)

勝和15年(1940年)12月目前にして矢矧須津香大首領は札幌国民の安全確保と称して札幌自衛隊を組織再編し事実上の北海道制圧作戦を発令した。
『国家存立危機事態』を拡大解釈したうえで『防衛出動』をも発令し、北海道は『札幌民主自由国』の領土であると宣言した。事実上の宣戦布告であり自衛隊という組織の根幹部分を完全に上書きしてしまった。
「本当はこんな事はしたくない。けれどこうしなければ時代の後ろ盾のない私たちに未来の安全の保証はできないわ。どれだけ犠牲が出るかわからない、けれど手をこまねいていても状況はちっとも好転しないわ。この時代に専守防衛なんて綺麗ごとは通らないのだから」
歴史通りの展開をたどれば太平洋戦争開戦まで約一年間。一年間で北海道を制圧しろという無茶ぶりな作戦である。
「矢矧さんは防大で何を学ばれたんだろう?」
田ノ浦は甚だ疑問に思った。その一方で帝国陸軍が手薄になる時期も迫っていくことも見越しているのかもしれないとも感じた。
結局のところ燃料があるうちに北海道制圧作戦を完遂し、帝国日本から北海道の大地を乗っ取り、そこで漸く帝国日本との交渉テーブルに着く事ができると踏んだのだ。しかしながらその思惑は思わぬ形で挫かれることになる。

八話(日札同盟締結)

札幌民主自由国を名乗る武装勢力が北海道制圧に乗り出し始めたという報せは帝国日本政府を震撼させた。
「これから米英らと一戦に及ばんというときに!」
既に総理は近衛文麿から東条英機に変わっていた。
この期に及んで交戦しなければならない相手を増やしたくはないのだ。それだけにこの何者なのかもわからぬ武装勢力とどう向かい合うか、東条にその手腕が問われていた。
東条は札幌民主自由国の実態調査などに時間を費やした。その結果、敵に回すべきではない相手であることが分かった。
勝和15(1940)年末御前会議の場で東条は居並ぶ閣僚ら歴々の前でこう述べた。
「この際、札幌民主自由国を対等たる同盟国として遇しこれ以上の版図拡大を防ぐことが肝要と存じますが如何に?」
東条のこの言に対して反論を返せば自らに責が及ぶと判断した閣僚は保身の為に沈黙を貫いた。黙ることは肯定と判断される。
「異存なしと判断します」
議論する余地もなく日札軍事同盟が推し進められた。昨日の敵は今日の友である。
勝和16年(1941年)1月某日、函館にて日札同盟が正式に締結された。
大本営発表大日本帝国は札幌民主自由国と同盟関係に至れり」
この時に多くの帝国臣民は札幌民主自由国の存在を知った。
新聞各紙も軍部の意向を忖度したため友好的な文面が紙面に踊った。
「日本に協力する同胞現る」
「いざ共に米英に立ち向かうべし」
百万の援軍を得たかのような喧伝ぶりに帝国日本臣民は浮かれていた。

九話(山本五十六の個人的見解)

日札同盟締結を知った聯合艦隊司令長官『山本五十六』は参謀の一人に言った。
「札幌民主自由国が我々の障害にならなければそれが一番だ。それ以上はサイレントネイビーらしくないから言わんよ」
色々な思惑を山本はよく理解していたことだろう。が、組織人で軍人の山本にどうこう言える問題でもなかった。
「進みすぎた兵器を持つあの国はこの世界に何をもたらすのだろか?」
山本は先の見えない未知の国との行く末に思いを馳せた。
「彼らは大本営が謳い文句にするほどまで協力はしてくれないだろう。我々とは感覚が違いすぎる。彼らの大首領は女性が務めているらしいじゃないか。考えられんな」
そして、
「ひとまずは真珠湾攻撃作戦に支障が出ることがなさそうなのはせめてもの救いだな」
と口を零した。
「だが、彼らの振る舞い次第で戦局は動くことだろう。良くも悪くもな」
参謀たちが立ち去ったあと山本は意味あり気にそう呟いた。

十話(札幌民主自由国の内部事情)

札幌民主自由国は戦時急造国家故に平声時代の日本国憲法をベースにした憲法を運用していた。しかし、札幌を中心とした小規模国家となり日本国憲法のすべての理念理想を実現し続けるのは困難が予想された。政治制度は議院内閣制と大統領制をミックスした大首領制で、これは苦肉の策であった。
あわせて閣議決定大統領令をミックスした大首領指示令により行政権力が肥大化しかねなかった。
だから、北海道制圧作戦中止は帝国臣民も札幌民主自由国の国民にとっても今は悪い展開ではなかったのである。
「あまりにも権力を集中させたら民主自由国の看板に偽りありになるところだったわ」
矢矧須津香は大首領執務室で勢いで物事が進む怖さを知った。
国務官房長官斑鳩(イカルガ)勇一郎』は、「あんたが中心になってやったことじゃねぇか」と内心毒づいた。後始末に追われたのは他ならぬ彼なのだから無理もない。
国家と名乗りながらも議員はなく、大首領の任命により政府要職は決められていた。
戦端が開かれる間近の非常時に選挙を更に重ねるわけにもいかなかった。
札幌民主自由国は異端の世界から来た者たちの国である為、彼らが持つ現金や電子決済やクレジットカードなどの支払いシステムはネットワークが存在しないために無効化された。現金は紙幣も硬貨も用をなさなかった。札幌国外での話だが...
帝国日本の貨幣・紙幣の導入が検討された。その背景には、
「商売しようにも『アンタらの金はうちでは使い物にならんよ!』の一点張りだもんな」
とある商売人のそのボヤキに象徴されるように札幌民主自由国は正式に国際承認された国家ではないのだ。ましてや帝国日本の通貨でもないのだ。扱いとしては『満州国』のような立場にいるのが現状であった。立場がどうであれ国際的な見方は従属国家という位置づけに見られていた。
やむなく札幌民主自由国副大首領兼財務長官斑鳩(イカルガ)大輝<斑鳩(イカルガ)勇一郎の従兄弟>は、禁じ手である貨幣の改鋳を財務局に指示し、一円硬貨のアルミニウムなどの大日本帝国が喉から手が出るほど欲しい鉱物資源の輸出を始めたのであった。札幌国内だけでもどれほどの小銭が眠っていることか、使い道がないのならと札幌国民は政府の要請に応じて貨幣を相応の物品・特に寒さを凌ぐ為の燃料と交換した。しかし軍事用の燃料は札幌国の生命線の一つ故においそれとは帝国日本に提供するわけにはいかなかった。帝国日本側もそれについては強く求めなかったが軍事技術に関してはかなりの熱意をもって技術供与を求めてきた。
当然のことながらここは交渉のテーブルに着かざるを得なかった。

十一話(札幌国から帝国日本への軍事技術の提供範囲の迷い)

「貴殿らも同じ日本語を話す者同士ではないか!何故帝国に全面的に協力しないのか!」
外務大臣の語気の強い発言を皮切りに日札技術協力に関する会議が始まった。
「我々はなんの後ろ盾もありません。大首領である私が女性であるだけでも嫌悪感を示しておいでではないですか?」
矢矧須津香(大首領)はそう返した。
「婦女子が政治に口を出す必要は我が国ではない!」
「そこです。あなた方の常識は我々の常識とはことなるのです。札幌民主自由国の理解を深めていただけなければ協力関係に影響が懸念されます。」
矢矧は感情的になりすぎないように努めて落ち着いた口調で答えた。
外務大臣はそれすらも癇に障ったのか何かを怒気をこめて怒鳴りかけたその時、
「論点を戻しましょう。札幌国側からの我が国への技術供与に関する話が本題でしたな」
意外にも冷静に話題も空気も元の流れにコントロールしたのは東条英機(総理兼陸軍大臣)だった。
「我々にはあなた方の進みすぎた技術の内で我々が運用しやすい技術を優先して提供していただきたい。あなた方は我々よりも考え方が米英寄りに感じますが、さもありなんですな。本来ならこの時代に居てはならない人々、それがあなた方の正体でしょう。それを承知でお願いする」
この時の東条はどこか腹を括ったかのような覚悟を持っているようであった。
(意外と責任感の強い人物なのかもしれない。私たちの知る東条英機像とはかけ離れているわね)
矢矧須津香は率直にそう思った。
(ここまで帝国日本に肩入れした以上私も絞首刑ね。最悪のケースを回避する立ち振る舞いが求められるわ)
矢矧須津香大首領はこの時点で歴史の一線を越えた。札幌国は枢軸国側に与したのである。だからといってドイツ・イタリアとも同盟関係になったわけではなかった。またそれを望まなかった。

十二話(札幌国の立ち位置・立ち回り)

札幌国がどういう結末で戦争の終結を迎えることになるかわからないが、独(ドイツ)伊(イタリア)にまで協力する気は矢矧須津香には無かった。
「私は独裁者になりたいわけじゃない。だけど一度選挙をしただけで民主自由国を名乗ったのは私のエゴね」
誰もいない場所で独白する矢矧大首領を尻目にこの時代の世界情勢は緊迫した状況を超えようとしていた。
札幌国は帝国日本に対等たる同盟国として遇されていることになっているが傀儡国家とまではいかなくても従属国家として帝国日本にも諸外国にも認識されているのが現実であった。
帝国日本は勝和15年(1940年)に日・独・伊三国軍事同盟を締結した。
この後も帝国日本の政策に米国との関係はさらに悪化の一途をたどって行き、勝和16年(1941年)11月26日、米国から事実上の最後通牒ハル・ノート』が帝国日本に提出されたことにより同年12月1日の御前会議において開戦が決定した。
札幌国の本当の戦争はこの時始まったのである。

十三話(巻き込まれの開戦)

勝和16年(1941年)12月8日、帝国日本海軍機動部隊は、米国太平洋艦隊本拠地布哇(ハワイ)真珠湾攻撃を敢行した。
これにより戦端は開かれた。
米国は帝国日本からの宣戦布告が遅れたいことを責め、
「騙まし討ちだ!」
と非難し、『リメンバー・パールハーバー』(真珠湾を忘れるな)をスローガンにして反日感情を煽った。
この時、従属国家も同罪だと非難する声明も出された。
つまり、札幌民主自由国も同罪と断じられたのである。
「私たちも帝国日本の一部として参戦していると認識しなければいけませんね」
「始めからこうなるとわかっていたではありませんか」
国務官房長官斑鳩(イカルガ)勇一郎は嘆息交じりに答えた。本人はシリアスな心境でモノを言っているのだが、周囲からはやる気や覇気に欠けると誤解されやすいところが彼の欠点である。
「あなたは、この時代の歴史に本格的に介入する道を選んだのです。認識云々とかぬるい感覚で大首領など務まりません。腹を括ったモノの考え方をして下さい」
(確かに、斑鳩の言うとおり!トップとしての責任と立場を心に刻まなきゃ!)
心の声はそう言っているが斑鳩に対して発したのは、
「そうね」
の一言だけだった。

十四話(快進撃と戦艦大和の使い道)

帝国日本の攻勢は快進撃と呼べるほど滑り出しの良い展開を繰り広げていた。
その最中の勝和16年(1941年)12月16日、戦艦『大和』が竣工した。この日には日本軍は北ボルネオに上陸を果たしている。
山本五十六聯合艦隊司令長官は戦艦による艦隊決戦に関して、
「そんなものは夢物語だよ」
と断じていた。しかし一方で、
「なんとか使い道はないものか…」
思案していたところに札幌国から技術協力されて予定より早く生産ラインに入ったという『三式弾』に目を付けた。
(戦艦乗りの誇りを全否定させることになるが是が非でも受け入れてもらわねば)
戦艦乗りは動く敵艦を沈めてナンボという不文律がある。山本長官はその戦艦乗りの最高峰である『大和』に対して動かない敵(陸上兵力)への艦砲射撃を命じることにしたのだ。
「私が座乗して直接指揮するしかあるまい…」
航空機主兵主義の急先鋒と目される山本が大艦巨砲主義の象徴とも言える帝国日本海軍最高の戦艦に雑用をさせようとしている。と、敵視するものから見られても仕方のない構想であった。

十五話(帝都東京奇襲される)

勝和17年(1942年)4月18日に日本軍に青天の霹靂の事態が訪れる。
米空母『ホーネット』から陸軍機B-25爆撃機を発艦させて帝都東京に奇襲攻撃を仕掛けたのだ。
「ジャップの慌てふためく姿が目に浮かぶ」
『ホーネット』座乗司令官、ハルゼーJr.はほくそ笑んだ。
陸軍機に着艦能力は当然ながら無い。
「爆撃を終えたらそのまま中国側の大陸に着陸せよ」というかなり乱暴な奇策であった。

札幌国は歴史として知っている出来事ではあったが、何もかもが歴史通りとは限らないだろうと帝国日本への警戒要請を怠ってしまった。
「既に我々というイレギュラーな存在がいる以上どうなるかわからんだろう」
田ノ浦真守(一佐)ですらそのように捉えていた。

空襲の被害そのものよりも、皇居のある首都に空襲を許してしまったことは軍部の面目丸潰れであった。
山本長官とて例外ではなかった。
真珠湾に空母が居なかったツケがまわったな。一刻も早く敵空母を叩かねばならん!」

十六話(ミッドウェー島攻略作戦)

帝都東京奇襲に危機感を募らせた山本長官は、『ミッドウェー島攻略作戦』を立案した。布哇(ハワイ)に近いこの島を攻略に向かうことで敵空母を誘い出しこれを殲滅する事が本当の狙いだ。
この一大作戦に際して、軍令部に作戦を受け入れなければ聯合艦隊司令長官を辞めると言って強引に承認させた。

戦艦大和を旗艦として編成した主力艦隊を長官自らが率いてミッドウェー島を攻略することは、作戦発令数日前に一部の参謀たち以外は知った。
「この作戦における戦艦の役目は敵陸上兵力及び飛行場への艦砲射撃にある!戦艦乗りの諸君には屈辱かもしれんが堪えてほしい」
長官に深々と頭を頭を下げられては居並ぶ将校たちは従うほかなかった。

敵空母を叩く役目を命じられた空母機動部隊司令官、南雲忠一は、
「軍令部に何と言われようともミッドウェー島には目もくれるな。艦上攻撃機は魚雷装のまま断じて変更するな」
と厳命された。

勝和17(1942年)年6月5日、ミッドウェー海戦は幕を開けようとしていた。

十七話(戦艦大和主砲火を噴く)

足の遅い戦艦は敵艦隊を追撃することに向かない事実を山本長官は熟知していた。
だからこそ戦艦大和を含む主力艦隊をミッドウェー島攻略の要として専念させようとしたのだ。
「最悪でも我々が敵空母艦載機を引き付けられるかもしれん」という思いもある。とはいえ艦隊を護衛してくれる戦闘機なしで基地攻略を成し遂げるのは無謀である。
航行中の英海軍戦艦を航空攻撃で撃沈して見せつけたのは他ならぬ日本海軍なのだ。
そのような理由からわずかながら軽空母による援護を受けながら、偵察機が調べた情報から距離を計算して、敵飛行場めがけて砲撃戦が始まる。
「砲撃始め!」
雷鳴の如き咆哮が耳を痺れさす程に轟いた。
特に大和の主砲が放った三式弾は敵飛行場の無力化に絶大な効果を発揮した。
「これが大和の使い道か…」
山本長官はこの戦果に一応の手ごたえを感じた。
「あとはもう南雲次第だ」
肝心の敵機動部隊の撃滅は彼の指揮如何にかかっているのだ。

十八話(ミッドウェー海戦

帝国日本海軍虎の子の空母機動部隊司令官、南雲忠一は敵機動部隊発見の為に血眼になって偵察機を飛ばさせていた。
「敵機動部隊はいったいどこにいるのだ?」
事前の指示に従って艦上攻撃機には魚雷装を徹底したが、肝心の敵空母を発見・撃沈しなければこの作戦の意味も意義もなくなってしまうのだ。
「それは許されん」
南雲司令が神経を尖らせていたその時、偵察機から「敵影見ユ」の報が入った。幸運なことに空母が含まれていた。
「この時を逃すな!攻撃隊発艦せよ」
空母『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』の各艦から敵機動部隊めがけて乾坤一擲の攻撃隊が襲い掛かるべく発艦していく。
「これでこの作戦は成功裏に終わるだろう…」
南雲司令は確信した。
そこが唯一の指揮官の心の隙間だった。
その僅かな心の隙間は部下の将兵にも伝染していた。
敵空母『ヨークタウン』『ホーネット』撃沈『エンタープライズ』大破という大戦果を挙げたにも関わらず、米軍艦載機の捨て身の果敢な猛攻を受けた末に『加賀』が撃沈されてしまったのである。
「加賀が沈む…」
居合わせた者たちは皆、絶句した。
結果としてミッドウェー海戦そのものは帝国日本海軍の一応の勝利に終わった。しかし、日本海軍機動部隊の虎の子の空母一隻を失った事に変わりはなく、量より質で勝負しなければならない日本海軍にとって大きな痛手となった。完全勝利以外は戦略的な敗北の遠因に繋がると考えたのかも知れない。戦果の報告を受けた山本長官は、
「そうか」
と喜ぶでも悲しむでもない平坦な言葉で応じただけだった。

既に日本陸海軍全体の補給線は伸びきっており、海軍としては機動部隊の燃料・艦載機の補充を考えたら母港・呉まで寄港させざるを得なかった。
陸海軍足並みを揃えて布哇(ハワイ)攻略作戦を実施することは夢物語でしかなかった。

ミッドウェー海戦の勝利一つで戦局が大きく変わる程、この戦争は甘いものではない」
山本長官は一人で呟いた。
「加賀が沈んだことで大和型3番艦『信濃』を空母に変更させる理由にはなったか…」
それは空母不足の日本海軍の、素直に喜べない誤算の産物であった。

十九話(札幌民主自由国の存在意義)

勝和17年(1942年)6月の日本海軍のミッドウェー海戦での勝利の報せは、遠く札幌民主自由国の地まで届いていた。
「歴史が変わりましたな」
斑鳩勇一郎(国務官房長官)がそう言うと、
「歴史が変わっても帝国日本とアメリカとの圧倒的国力の差は修正されない。戦争の結果は揺るがないわ」
矢矧須津香(大首領)が答えた。
大日本帝国の敗戦は回避不能であると。では、我々の存在意義はなんなのです?」
斑鳩勇一郎はそう問う。
それに対して矢矧は、
「この戦争の終わらせ方にどう関与するか、かしら。最終的な札幌国の相手はアメリカじゃない。戦争末期に牙をむくソビエト連邦よ!今の内から樺太陸上自衛隊を派遣できるようにしておくように田ノ浦(一佐)に伝えておくようにして!」
札幌民主自由国政府の存在意義が示された瞬間であった。

いまだ明確なビジョンに乏しいが札幌政府トップの意思が関係者に共有される契機になったことは確かだった。この頃から札幌民主自由国自衛隊は、樺太方面への支援を強化する旨を帝国日本政府へ通達するとともに、その対ソ防衛体制の強化に勤しむのである。

二十話(米軍反転攻勢の胎動)

勝和17年(1942年)8月7日、日本軍は米軍によるソロモン諸島ガダルカナル島・ツラギ島・ガブツ島・タナンボゴ島への上陸を許してしまった。
自慢の機動部隊は修理と補給を終えてソロモン方面へと向かっている矢先のことだった。
ガダルカナル島に飛行場を建設した日本軍は僅か600名程度だった。

「米軍の大規模反転攻勢は勝和18年(1943年)以降と思われる」
という大本営の思い込みが災いした。

勝和17年(1942年)8月7日午前4時、アメリ海兵隊第1海兵師団長アレキサンダー・ヴァンデグリフト少将率いる10.900名の海兵隊員が、大挙して上陸した。
たちまちのうちに日本軍飛行場は米軍の手に落ちてしまった。

その際に日本軍が遺棄した米・製氷工場・大型発動機はそれぞれ、兵士の食料・アイスクリーム・照明などをもたらした。
「ジャップは最高の置き土産を残していったぜ!」
などと米兵が言いそうな最大のプレゼントとなってしまう痛恨事となった。

ガダルカナル島を巡る悲劇の戦いは米軍反転攻勢の胎動を見せながら、日本軍を更なる悲劇へとジワジワと追い込んでいくことになるのである。

札幌民主自由国はこのような状況下で全く無力であった。

二十一話(無常なるかな南雲機動部隊ソロモンに散る)

勝和17年(1942年)8月8日に三川軍一中将率いる第8艦隊が、ソロモン諸島海域で敵艦隊と交戦。重巡洋艦4隻撃沈・一隻大破の戦果を挙げたが、輸送船団に対する攻撃を怠った結果、重火器類などの多量の物質が米軍に補給された。
一木清直大佐率いる一木支隊や、後に投入される川口清健少将率いる川口支隊が投入されるが、情報の誤りなどによる敵戦力の実態が、十分に把握できていなかったことによる作戦そのものの甘さが大本営にあった。その結果、いたずらに犠牲者ばかりを増やしてしまう有様となり、ガダルカナル島は飢餓に苦しむ『餓島』と呼ばれるようになる。
そのような中、勝和17年(1942年)8月23日に『第二次ソロモン海戦』が行われた。
『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』5隻の正規空母に軽空母『龍驤』を加えた計6隻の空母を擁する南雲機動部隊にここに来て更なる慢心や驕りが充ち満ちていた。
「我々の手にかかれば米空母であろうと飛行場であろうと、何するものぞ!恐るるにあらず!」
将兵ともにそのような空気であった。
その中で過敏なまでに空母を沈めまいとしていた南雲忠一提督は対空防御に気を取られすぎるあまり対潜(対潜水艦)防御をお留守にしてしまった。
敵機動部隊『エンタープライズ』『サラトガ』『ワスプ』の3正規空母の艦載機の迎撃に気を取られる余り、米潜水艦の雷撃を受けてしまうことになった。しかも不発弾の多かった不良点は改善されており、日本海軍に災いした。
瞬く間に『赤城』『蒼龍』『飛龍』がなす術もなく沈没した。
「我らは何をしにはるばるここまで来たんだろうな?」沈みゆく『飛龍』座乗司令官、山口多聞少将はそう言いながら艦と運命を共にした。
結果として日本海軍の大惨敗に終わった。
盛者必衰の理の如く、無敵を誇った南雲機動部隊はソロモンに散ったのである。

特殊ルートから戦況報告を受けた田ノ浦真守は、
ミッドウェー海戦の奇跡からほんの僅か数ヶ月でこの惨敗か…これが歴史の修正力なのか?」
田ノ浦の疑問を解決することなく戦局は悪化の一途をたどり続けることになるが、札幌民主自由国はそれを聞いても指をくわえて見ている他なかった。

閑話②(戦時下の札幌民主自由国の日常)

いくら札幌民主自由国の技術が進んでいるとはいっても、帝国日本のメディアがラジオと新聞しかないうえに検閲済みの修正された情報であることを前提に鵜呑みには出来ないことを平声民の人々は歴史として知っているので、多少のズレはあっても、
「教科書の年表的に帝国日本の戦局はもう傾いているだろうな」
「違いねぇ。今は無茶な要求をして来ねぇが、いつどんな無茶ぶりを言い出すかわからんぞ」
「要求が命令に変わったらここもいよいよヤバいな」
そんな会話が日常生活に溢れているのが当たり前のことになっていた。
その日は日本史の教科書ではミッドウェー海戦で帝国日本海軍が大敗北を喫した事が記されている日だった。
少なくとも戦時下の札幌民主自由国民が戦局状況の把握の指針として役割を果たしているのは、元々は未来人である平声日本国民として学校で教わった近現代の歴史だった。
自警団の内藤優馬と君塚令佳たちも今現在の状況を楽観視出来ないと判断していた。
優馬君、最近の札幌は内地からの疎開者がかなり増加しているわ」
「令佳、何か問題があるのか?」
「この札幌国は、備蓄食糧に完全に依存しているのよ。人口が増せば食糧消費量は大幅に増加して備蓄がなくなるわ」
「ということは、この国も配給制が迫りつつあるってことか?」
「そうね。私たちが未体験の極貧生活と食糧難に加えて戦争による死の危険まで待ってる。優馬君、腹括りなさいよ!頼りにしてるわ」
「お、おう」
淡々とした口調で令佳がこれからの絶望的状況を説明して、覚悟を迫られた優馬はたじろぎ気味にそう答えた。
「シャキッとしなさいよ!シャキッと!」
令佳に活を入れられている優馬は、既に彼女の尻に敷かれている。
彼らの日常から平穏無事な生活は遠い過去になりつつあった。

閑話③(札幌民主自由国政府内の対立)

帝国日本軍のガダルカナル島における大敗北を、無線傍受と暗号解読で知った自衛隊の田ノ浦真守は一つの疑問にぶち当たっていた。
「札幌民主自由国民でだけを守れば自衛隊なのか?時代は違っても同じ日本人じゃないのか?」
そう思う一方で、
「帝国陸海軍をはじめとする軍部の統制に反して組織されたのが自衛隊じゃないか。徹底的に協力するのは道義に反するのではないか?」
そう自問自答したりもした。
考えはするものの文民統制シビリアンコントロール)が原則としてある以上、田ノ浦に政治的な発言権は無い。

しかしながら、この疑問にぶち当たっていたのは文民である札幌政府内の人物たちも例外ではなかったのである。
「私たちの存在意義は南樺太ソ連軍を足止めする事よ!」
矢矧須津香大首領は唐突に札幌政府の存在意義を自ら示した。
南樺太自衛隊を派遣されるおつもりですか?札幌はどうされるというのか!」
札幌政府外務長官・御影平浩成<ミカゲダイラヒロシゲ>は外交を軽視するかのような矢矧大首領の方針に反発した。
「我々はアメリカともソ連とも水面下で交渉しているのです。それを水の泡にされるのか!」
「その交渉テーブルに両国に着いてもらうには、南樺太防衛が必須なのです。そこまでなら日札同盟に基づく自衛権の行使は可能じゃないかしら?」
「う…」
正論らしきものをぶつけられた政府高官らは、不満を抱えつつも一旦は矛を収めざるを得なかった。
この頃から札幌政府は一枚岩の組織ではなくなっていくのである。今回の一件はその前触れに過ぎなかった。



二十二話(山本五十六聯合艦隊司令長官戦死)

勝和18年(1943年)2月、日本軍はガダルカナル島撤退作戦(ケ号作戦)を発動した。これによりガダルカナル島を巡る攻防戦に日本軍は敗北した。
4月18日の事だった。前線激励視察の為に、聯合艦隊司令長官・山本五十六は一式陸上攻撃機に搭乗し、僅かな護衛機と共にブーゲンビル島へ向かった。
「長官、御覚悟願います」
「誰の差し金か知らんが好きにすればいい。この戦争のたたみ方を知っているのならな」
「死にゆく長官が気にされることではありません」
「君らに命じた人間は相当無責任なんだな」
「残念です」
「お互いにな」
山本長官を乗せた一式陸攻は長官を殺害後、意図的に墜落した。表向きは米軍機の待ち伏せによる戦死とされ、『海軍甲事件』として扱われるようになった。その後に山本五十六は元帥府に列せられて国葬された。
この後の5月12日、米軍がアッツ島に上陸。5月29日に日本軍は全滅する。これ以降、全滅を『玉砕』と表現されるようになる。

二十三話(理解者・山本五十六戦死に揺れる札幌政府)

勝和18年(1943年)4月にブーゲンビル島上空で、山本五十六聯合艦隊司令長官が戦死したという報せが札幌政府に舞い込んできた。

「とうとう私たちの理解者だった山本長官が…」
矢矧大首領は語尾を詰まらせた。
「海軍の現場トップが戦死する状況だからこそ、我ら札幌民主自由国も帝国日本を支援すべきです!これ以上の帝国日本の戦局悪化は我が国の防衛体制を揺るがしかねます!」
浜風甲<ハマカゼコウ>防衛長官は、熱弁のあまり唾をまき散らしながらまくしたてた。
「本格的な支援には時期尚早かと思います」
斑鳩(イカルガ)大輝副大首領兼財務長官がその熱弁に水を差すように口を挟んだ。
「どういうことだ!言ってみろ!」
浜風甲は怒りに任せて凄んだ表情で斑鳩大輝を睨み付けた。
「あまりにも肩入れしすぎると、わが国の財政は火の車になります。物質・燃料・食糧などが早々に底をつくでしょう。浜風防衛長官、あなたはそれでもなお今すぐに帝国日本を全面的に支援すべきであると仰るのですか?」
「くっ…」
斑鳩大輝に痛いところを突かれた浜風甲は、沈黙せざるを得なかった。
札幌民主自由国はあくまでも主権国家として、自国民の生存を優先する行動を取った。
国際的に大日本帝国の傀儡国家と認識されているのだとしても、本当はそのようなことはないと国際承認させたい思いが政府内に生まれた。

やがてその国際的承認欲求は札幌民主自由国民全体で醸成されていくことになるのである。



閑話④(イタリア降伏)

勝和18年(1943年)9月8日、日独伊三国同盟の一角である、ムッソリーニ率いるイタリアが降伏した。
独裁者の魁であり、ファシズムを標榜してファシスト党を組織した人間に突き付けられたある意味では哀れな結末であった。
ムッソリーニは怒りに溺れし民衆の手によって、非業の死を遂げた。
これによりイタリアの第二次世界大戦は、敗戦という形で終戦を迎えたのであった。

二十四話(学徒出陣の波と大東亜会議)

勝和18年(1943年)10月21日、明治神宮外苑で出陣学徒壮行式が開催された。帝国日本は徴兵において学徒動員をしなければならないほど追い込まれているのである。
同年11月、帝都東京で開かれる大東亜会議への出席要請が札幌政府にも来た。
「帝国日本の国策行事だけど一応は行かなきゃいけないわね」
矢矧須津香<ヤハギスツカ>大首領は御影平浩成<ミカゲダイラヒロシゲ>と会議出席の為に東京へと向かった。

大東亜会議そのものは形式的なものに終始して閉会した。その後に、矢矧らは東条英機総理らと会談を行った。
「単刀直入に申しましょう。軍事技術ではなく兵力を提供していただきたい」
それに対して矢矧は、
海上防衛力に乏しい我が国は、南方戦線ではお役に立つ所かお荷物となることでしょう」
「では、具体的にはどうされるおつもりか?」
「我が国は、南樺太死守に全面協力する旨をお約束します。共にソビエト連邦の脅威から北方の領土防衛を成し遂げましょう!」
「それは良いですな。しかしながら札幌政府は絶対国防圏の維持には協力できないと仰るか?」
「我が国は独立主権国家です。あなた方の都合だけで我が国と我ら札幌民主自由国民の理解を得ることは出来ません。何卒ご容赦ください」
御影平浩成は、丁寧に且つ慇懃無礼な程にへりくだった言葉で東条の追及をかわした。
こうしたやり取りを終えて矢矧らは札幌へと帰国した。
そこには国際的承認欲求を満たしたい、札幌民主自由国民たちの心情が滲み出ていた。
矢矧たち札幌政府は、国内外で更なる難しい舵取りを迫られることになっていくことになる。

帝国日本が札幌民主自由国へ人的戦力・応援要請をしてきたのである。

「札幌民主自由国も兵力を投入して、戦局打開に貢献しろ!ということか」
札幌政府高官から事の事情を漏れ聞いた田ノ浦真守は、苦々しげに顔を顰めながら呟いた。
「我々にも帝国日本の為に犠牲を払えと言いたいのだろうな。この時代の分岐点への深入りは極力控えたいのだがな」

時は勝和19年(1944年)となった。帝国日本はこの先、更に追い込まれていくことになるのである。
札幌政府は決断を迫られていた。
二十五話(マリアナ沖海戦・帝国日本制空権喪失・東条内閣総辞職

勝和19年(1944年)3月31日、悪戦苦闘の続くさなか帝国日本に追い打ちをかける事件が起きた。
聯合艦隊司令長官『山本五十六』をして、
「俺のあとを任せられるのは古賀しかいない」
とまで言わしめたその『古賀峯一』聯合艦隊司令長官が、二式飛行艇で移動中に原因不明の事態により行方不明となった。後日、殉職として処理されることとなり、この事件は『海軍乙事件』と呼称された。
相次ぐ帝国日本海軍現場トップの訃報に、海軍軍令部などのお偉いさん方も肝を冷やした。
「これでは我ら海軍の面子が丸潰れだ。何か打つ手はないのか?」

この危機を打開すべく建造が進められていた、新鋭装甲空母大鳳』を編成に組み込んだ帝国日本海軍の空母機動部隊総力を投入する一大決戦を挑もうとしていた。
世に言う『マリアナ沖海戦』である。(マリアナ諸島沖とパラオ諸島沖の海戦)

勝和19年(1944年)6月19日、司令官・小沢治三郎の考案したアウトレンジ戦法(日本海軍の航空機の方が航続距離が長いことを活かして敵が味方に届かない距離から攻撃する意図を持つ戦法)をもって臨んだのだが米軍兵士は、
七面鳥を打ち落とすように簡単に墜ちるぜ!」
などと揶揄し、『マリアナ七面鳥撃ち』という言葉も生まれた。
この一連の戦いで、期待の装甲空母大鳳』と『翔鶴』の空母2隻が沈没し空母艦載機に必要な搭乗員の大多数がこの海戦で散った。帝国日本は維持しなければならない制空権を喪失した。
勝和19年(1944年)7月18日、この後に劣勢を挽回する方法などあるはずもなく、責任の全てを問われた東条英機内閣は総辞職に追い込まれた。
「絶対国防圏の喪失は我が責任であります」
東条は肩を落とし力なく国政から去った。

勝和19年(1944年)7月22日、小磯国昭内閣が発足した。組閣したという事実が全てで、それ以上でもそれ以下でもない内閣であった。

二十六話(レイテ沖海戦・幸運艦神話崩壊『瑞鶴』沈没)

勝和19年(1944年)フィリピンの米軍撃滅を期して、残存艦艇の大多数を動員。レイテ島へ向かった。
10月23日、主力の栗田艦隊、別動隊の西村艦隊・志摩艦隊とこれらの艦隊の囮となるべくして編成された小沢艦隊によるレイテ沖海戦が始まった。
「幸運艦もここまでだな」
囮空母艦隊の内の一隻である空母『瑞鶴』は既に沈没した姉妹艦『翔鶴』が被害担当艦と呼ばれていたのに対して、幸運艦と呼ばれていたのだ。
しかし、もう『瑞鶴』に幸運の力は無かった。
真珠湾攻撃以来の空母はこれで全てが海中に没した。
「しかし、囮の役割はきっちり果たせたな」
小沢提督は無念さと満足さを混ぜ合わせたような複雑な表情で呟いた。

二十七話(レイテ沖海戦・不沈艦神話崩壊『武蔵』沈没)

勝和19年(1944年)10月24日、シブヤン海において10時30分頃から米軍第一次攻撃隊が栗田艦隊を襲った。
『武蔵』は第一次攻撃から第六次攻撃までの猛攻を受け続けた。
帝国日本海軍の象徴的戦艦大和の2番艦として生まれたこの巨大戦艦に最期の時が訪れようとしていた。
注排水システムの限界や攻撃を受けた影響で『武蔵』は傾斜し、艦首から沈んでいく。
世界最強の戦艦と日本海軍が謳ったこの艦は、勝和19年(1944年)10月24日、19時40分に艦齢821日の生涯を終えた。
この後、栗田艦隊は反転してレイテ沖海戦は敗北に終わる。西村艦隊は死闘の末に壊滅状態となり、西村祥治提督も奮戦の中で戦死した。
もう、日本海軍に組織的な艦隊決戦能力は残されていないのであった。
この頃から特攻が始まった。

二十八話(空母信濃撃沈を阻止せよ)

勝和19年(1944年)10月28日、未完成空母『信濃』が横須賀から出港した。
これより以前に札幌政府は、艦船修理に長けた技術者を多数派遣した。
それでも、護衛駆逐艦の修理を完遂するので手一杯だった。
「陰ながらのご助力感謝する」
阿部艦長から感謝を述べられた技術者たちは、
「ご無事で」
としか言えなかった。『信濃』の存在は機密事項であるために、知っていても言葉に出すのは憚られたのだ。
かくして、対潜哨戒能力を取り戻した護衛駆逐艦2隻は紀伊半島・潮岬(しおのみさき)を通過。翌日未明には呉に寄港することに成功した。
喜ぶ乗員たちを尻目に艦長は、
「しかし、載せる艦載機も搭乗員も居ないこの状況で『信濃』に役割があるのか?」
と、疑問を感じていた。
呉で最終工事を終えた『信濃』は、各地から強引に搭乗員と艦載機を揃える事で上層部を奔走させる効果をもたらした。
むやみやたらな特攻を抑制する一時的な効果はあった。

二十九話(沖縄戦始まる)

勝和20年(1945年)に入り、大日本帝国大本営はとうとう札幌民主自由国に要求をしてきた。
「軍需用の燃料を提供されたし」というすがるような要求である。
3月には硫黄島を占領され、東京・名古屋・大阪・神戸などの主要都市が大空襲に遭い日本の防衛能力が無効化していることが露呈するとともに継戦能力は失われて行く一方であった。
4月1日、沖縄戦が始まった。この頃にソ連は日ソ中立条約延長の意思がないことを通達し、小磯国昭内閣は総辞職に至る。


三十話(戦艦大和・空母信濃最初で最後の共演)

勝和20年(1945年)札幌民主自由国経由で工面された燃料により、かねてより計画されていた沖縄水上特攻の目途がついた。
「これで海軍の意地は見せられるだろう」水上特攻を強硬に主張した神重徳(カミシゲノリ)主席参謀はどこか満足気であった。その態度が本心であるかはわからない。

『大和』以下、この水上特攻を指揮する伊藤整一中将は当初はこれに反対したものの、草鹿龍之介参謀長の「一億総特攻の魁となってほしい」の一言に折れた。

その特攻に反対する艦長らを説得する際、伊藤が用いた言葉は「我々は死に場所を得たのだ」という一言であった。一同に反論する空気は失せていった。

「もう、『信濃』が共に出撃してくれたところで結果は明白だ。いたずらに、死にゆく若者を増やしたどこぞの同盟国様を恨むほかあるまい」
信濃』の阿部艦長は呟いた。
「未完成の空母『信濃』として呉に入りそのまま朽ち果てる運命のはずが、沖縄目指して水上特攻の一翼を担うことになったことは軍人としては誉れとしなければならないが、付き従う招集された兵には気の毒でしかない。この時代に生まれた宿命だな。生き残れば未来を担っただろうに…」
艦長の独り語りはここで終わった。儚き命に思いを馳せた結果、変えられない結末を前にむなしさともの悲しさに襲われて思考が途絶えたのだ。
気持ちを切り替えた阿部艦長は軍人の顔に戻っていた。

勝和20年(1945年)4月7日、鹿児島県沖南方の坊ノ岬沖で、沖縄水上特攻部隊は米軍空母艦載機による襲来を受けた。
信濃』の直掩機(艦隊を護衛する為に空中待機している戦闘機)は奮戦するものの、発艦するのが精一杯の予科練生も多く含まれており、死ぬまで飛ぶか撃墜されて死ぬかの二択に事実上なっていた。特攻を護衛する為の特攻だった。
重装甲の飛行甲板を持ち、大和型の船体を持つ『信濃』だが、艦載機も無くなり丸腰同然となると残された役割は囮艦として敵機を引き付けることで、時間を稼いで『大和』を延命させるしかなかった。
しかし、米軍は増援機を更に向かわせることであっさり対応したらしく、懸命な努力は水泡に帰した。
「『信濃』は軍艦としては望ましい最期を飾れたのかもしれん。それ以上でもそれ以下でもない」
阿部艦長は独り言を言った。
「総員退艦用意」
今度ははっきりと命令した。
信濃』は既に注排水システムの限界を超えており、船体の傾斜が激しくなっている。
命令に従い退艦する者たちが居る中で、艦と運命を共にすることを望む者がいた。それらの部下たちを説得する時間はなく、艦長自身がそうするのだから説得力がない。
電信室から『大和』へ「シナノオサキニマイルヤマトゴブウンヲ」と送りそれ以降通信が行われることは無かった。
不沈空母として企図され、大和型から空母化された『信濃』は空母として戦いながら、戦艦並みのタフさを発揮することで存在感を示した。そして、派手に沈没した。
三十一話(戦艦大和の最期・大日本帝国海軍の終焉)

勝和20年(1945年)4月7日、沈みゆく『信濃』を気遣う余裕がない程に、『大和』への米軍艦載機の来襲は続いていた。
もともとの計画が無謀である事を承知で行われている作戦ですらない行為である。特攻とはそういうものだ。
『大和』の乗組員は懸命に戦った。しかし、多勢に無勢であることは否めない。
機銃座に配置された兵たちは敵戦闘機の機銃に斃れていき、防空能力はどんどんと削がれていく一方だった。
『大和』は、左舷に雷撃を集中されて注排水システムの限界は既に始まっていた。継戦能力も失った結果残された選択肢は乗員の退艦命令を下す事のみとなった。
伊藤整一提督は、
「残念だがここまでだ。総員退艦を命ずる」
と指示を出したあと艦橋の個室に入り、鍵を閉めた。
「総員上甲板離艦用意」
伝声管を通して艦内全体に退艦命令が伝えられた。それでも、逃げきれない者や浸水で溺死していた者たちが犠牲となり、救助された乗員は全体から見たらごく僅かであった。
『大和』は断末魔の叫びの如く真っ二つに船体が割れて爆沈した。

ここに至り、大日本帝国海軍は日清・日露と続いてきた栄光の歴史に幕を閉じ、その歴史は終焉を迎えるに至った。

この日、鈴木貫太郎内閣が組閣された。

三十二話(戦争終結に向かう世界情勢)

勝和20年(1945年)4月12日、米国大統領のルーズベルトが急逝。副大統領のトルーマンが昇格し、大統領となった。

一方、欧州戦線では4月30日に独逸第三帝国総統として君臨していた、ヒトラーが自殺した。5月2日にベルリンが陥落し、5月7日にヒトラーが後継に指名していたデーニッツが無条件降伏を受諾した。これによりヒトラーの野望で始まった独逸第三帝国ことナチス・ドイツは滅亡するに至った。

ここに欧州戦線は終結を迎えた。

ドイツとの戦いを終えたスターリン書記長の牙は日本へと矛先を変えようとしていた、

札幌民主自由国自衛隊は安全圏確保と邦人警護・同盟国民支援及び生命の保護を名目に南樺太に戦力を集中して迎撃態勢を整えて水際でソ連軍を撃退する方針を執った。

田ノ浦真守は、
「我々が初めて経験する戦争の中の防衛戦が、とうとう始まるか…もう後には退けんな」
時空転移当時と違い、明確に戦闘意思をもって戦闘行為に及ぶのは田ノ浦たち自衛隊にとってはこの時が初めてだった。
刻一刻と戦いの時は迫りつつあった。
三十三話(南樺太へ侵攻するソ連軍を屠れ!)

勝和20年(1945年)8月9日、ソビエト連邦は対日参戦を開始した。8月11日からソ連軍の南樺太占領に向けた戦闘の火蓋が切られたのである。
「いくらオーバーテクノロジーとは言っても10式戦車だけでソ連軍を追い払えるほど甘くはないぞ」
眼前に迫る敵を前に田ノ浦一佐が呟いた。

矢矧須津香大首領より南樺太防衛体制の構築を命じられた田ノ浦真守は、この日に備えて自衛隊日本陸軍との連携強化に励み、現代兵器の扱い方も積極的に訓練を行った。
「なぜ、もっと早くこれらの兵器を提供してくれなかったんですか?!」
「帝国陸海軍上層部のお偉いさん方が堅物でね。メンツにかかわるから助けはいらん!と言われたのさ」
この言葉は、半分は本当だがもう半分は田ノ浦の嘘が混じっている。
大日本帝国政府も軍部の中枢を占める人物たちも、札幌民主自由国に対して、再三の支援要請を重ねて打診していた。それを矢矧須津香大首領をはじめとする札幌政府首脳陣があの手この手でのらりくらりとかわしていたのだ。

ソ連南樺太で屠り、札幌民主自由国の爪痕を残す

その一念が込められていた。それが札幌民主自由国政府大首領『矢矧須津香』の最終目標に戦局の変遷が影響した結果、本人も無自覚なままに目的となにかが入れ替わってしまっていた。

南樺太防衛戦は、勝和20年(1495年)9月5日まで続き、ソ連軍は事実上の撤退をせざるを得なかった。継戦と撤退を自分のメンツとの天秤にかけたスターリン書記長は現場指揮官の責任を強調することで責任を回避した。

一方で、田ノ浦真守たちと旧日本陸軍の混成軍は、ソ連軍を撤退させることには成功したものの被害は甚大だった。

武器弾薬の大半は使い尽くしてしまい、継戦能力は皆無でありソ連軍が強硬姿勢を崩すことなく戦闘行為の継続を選択していたならば南樺太防衛どころか北海道制圧作戦の実行を許しかねない瀬戸際だったのだ。

なにより、これらの戦場の現場指揮官である田ノ浦真守一佐が戦死した為に詳細を語れる人間がもういないのである。
或いは田ノ浦自身が自ら自分の口を封じたのかもしれない。

勝和20年(1945年)10月15日、日本軍の全ての武装解除が終了。名実ともに戦争は終結した。ソ連南樺太割譲をアメリカ側から提示され、受け入れる形で戦争終結を宣言した。




エピローグ(札幌民主自由国記)

その後、連合国による軍事裁判が札幌でも開かれた。いつどのようにどんなやりとりが行われたのかその詳細は一切公式資料が残されていない。

戦後、一冊の日記が発見された。『札幌民主自由国記』と記されたその日記は大首領『矢矧須津香』の日記であった。
札幌民主自由国の成り立ち、そこに生きた人間の生き様、それらの全てがこの一冊の日記に込められていた。

矢矧須津香たち札幌民主自由国政府の主要人物・政府高官たちは、戦犯ではなく混乱を招いた罪人としてその全てが絞首刑に処された。

『札幌民主自由国記』は矢矧須津香のせめてもの抵抗だったのかもしれない。
しかしながら、この日記は米軍に接収された上で機密文書扱いにされ公表されることは無かった。

民衆は伝承として密かに語り継いでいった。

札幌民主自由国は名を隠しながら民話として残ったのである。(了)